ベクト

「ずっと見てました!私と、付き合って下さい!」
頬を紅潮させて必死に打ち明けたのだろう、女の前で、
「…はぁ」
気の抜けた返事をしてしまった。



「見ったよー、葉伽くぅん。また告られてたねぇ」
向かいの机から書類越しに、阿祁(あぎ)さんが楽しげに笑いかけてくる。
作業を続けながら、一応返す。
「見てたんですか」
「だって出勤時間一緒じゃーん。もう何回目だっけ?」
「さぁー、どうでしたかね。他人事なんて放って置いて下さいよ」
フリでなく、本気で辟易した顔をしてみせる。
女嫌いの名残か、この手の話は好きじゃない。と言うか、自分が渦中にある、しかも好きでもない女に告白された話なんて。
このバイトを始めて人と接する機会が増えたからか、そういう事が増えた気がする。
でも受付は担当外だからたまにしか顔出さないんだが…。
「まぁまぁ、女はこの手の話が好きなのよぉ」
悪びれもせず、阿祁さんは笑う。
「特に主婦は他人事の方が楽しいの。ドロドロなら尚更よ!解る?」
「解りません」
阿祁さんが本気で楽しんでいる事だけは解るが。
「あの…仕事…したらどうですか」
斜め前の席から、十和野(とわの)さんの呆れ声が向けられる。
「「してます」」
俺と阿祁さんは、同時に書類を積み上げた。
十和野さんは、愛想がなくて声も低くて伏目がちなので、最初は嫌われているかと思ったが、なんてことは無い、単にそれが地なだけなんだと最近気付いた。寧ろ、何があっても気にしない動じない心の広い人だ。
目が合うと、阿祁さんは舌を出して笑った。
「怒られちゃったー」
「別に、十和野さん怒った訳じゃないですよ」
何気なく言うと、阿祁さんは感心したように呟く。
「へー、よく解るのね」
「怒るより、心配したんでしょう。…阿祁さん、俺より十和野さんと長いのに、何で解らないんですか」
「解んないわよぉ、十和野くん無口だし、遊んでくれないしさぁ」
まぁ、確かに十和野さんは近づくなオーラが出てる気もするが。
「葉伽くんって昔からそうなの?察しがいいって言うか。あ、魔力のせい?」
椋が察し良すぎる所為か、自分が鋭いという気はしないんだが、まぁ、誰のどんな気持ちが誰に向いてるか位は見てれば解る。それは…多分。
「魔力もあるとは思いますけど、昔は人の気持ちなんか全然気にしてませんでしたよ。気にし出したのは…基学に入ってからですね」
人の、自分を見る目が変わったからだ。
…そうか、自衛の為に観察眼が養われたのか。
「ふぅん?じゃぁ自分に気がある子とか解っちゃうんだ。便利ねぇ」
うぐ。
何の意味も無い発言だと解っていても、今のは刺さったぞ。
当然、そんな事露知らぬ阿祁さんは時計を見て、書類を片付け出した。
「あ、お昼だわー。葉伽くん、お昼どうする?」
「…外で食べてきます」



いつも通り、「コトハ」に来てしまった。
やっぱり美味いし、割引もあるしな。
「いらっしゃいませーっと、瑰里!」
気付いた厘が駆け寄って来る。
…厘に会えるってのもあるしな。
いつも通り日替わり定食を頼んで席に落ち着いたら、さっきの事を思い出してげんなりしてきた。
確かに自分に向けられる好意は解るが、逆に言えば、向けられてない事だって解るんだぞ。
解ればいいってもんじゃないよなー。
「おまたせー!って、どうしたの?瑰里」
溜息を吐いた所を見られた。定食を置きながら、厘が覗き込んでくる。
「疲れてるの?嫌な事でもあったの?」
「…いや、何でもない」
下手に心配されても困るので、笑顔で返した。
厘から向けられるそれは、確かに俺のそれとは違うが、それでも俺にとって心地よいものである事は確かだから。
これはこれで嬉しい事じゃないか。
「それならいいけど、無理しないでよ?瑰里自分の事解ってないんだから」
俺の事は何でも解ってるといった様子で、得意げに厘は笑う。
へ―――ぇ。お前が言うか。
「ほほう。厘は解るってのか?」
「勿論よ」
「…フッ」
「ちょっと、どうして鼻で笑うのよーっ!ムカツクわね!」
誰より解ってないくせに。
考えた事もないだろう?
誰のどんな気持ちがどこに向けられているかなんて。


「いや〜、瑰里自分の事解ってねぇって」
例によって堂々と駄弁りに来た椋に昼の事を話したら、そんな事をのたまりやがった。
「人の事知った顔するな。何が言いたいんだよ」
何に気付いてないっていうんだ。
椋は俺を指差す。
「自分の態度だーよ。瑰里、厘に対する時、あっからさまに態度違うぜ〜?」
「…は?」
嫌な汗が滲む。
「目が違うって言うか〜」
「なっ…そんなに解りやすいか!?お前が鋭すぎるからじゃねーのか!?」
「いやいや、少しでも瑰里の事知ってる奴ならすぐ気付けるぜ?」
衝撃を受けた。
そんっっなに解りやすかったのか俺…。
羞恥に顔が熱くなる。
ちょっと待てッ、じゃぁ何だ、今まで…うわぁぁ…。
椋は笑う。
「まぁ、でも〜、本人は全然気付いてねぇけどなぁ」
まぁ、それはそうなんだがっ。
「いいじゃんか〜、好きな女の前でデレデレしたって」
「してねぇよ!からかうな!黙れ!」
半ばヤケクソで叫んだ直後、扉が開いた。
「あ、やっぱり椋いた。ただいま」
厘本人の登場に、居た堪れなくなって背を向ける。
「ん?瑰里どうしたの?何か顔赤い?あ、さては椋にからかわれたんでしょ!椋、何てからかったの?」
楽しそうな声音で便乗しようとする厘に、椋が告げ口する前に。
「それはーぐぐぇっ!」
「何でもねぇよ!この馬鹿の言う事は聞くなッ!」
椋の首を握り締めて黙らせながら、厘に怒鳴りつけた。
納得出来ない様子で厘は食い下がってくる。
「どうしてよーっ?教えてよねぇねぇっ」
「…これ以上聞くな…」
厘から顔を背けて、脱力のあまりうな垂れる。
「ぐるじい…これ…マジぐるじいから…」
ああ結局。
気持ちの種類も向きも、受け取る人に委ねられるって事か。

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